音楽と自然の風景が好きなのでこのようなページになりました。

私の趣味で第一にあげるのは、クラシック音楽を聴くことです。 楽器演奏の方はクラリネットやピアノ等をやりましたが自己流で楽しむ程度で、 ものにはなっていません。でも少々のレパートリーはあります。
聴いていて心地よい音楽・緊張感を与えてくれる音楽等、音楽は精神的に深い影響を与えてくれます。 クラシック音楽はやはり何といってもバッハが頂点です。 生物学者L・トマスは「地球外の文明に人類が贈るべきものは?」 と問われ「バッハの全集」だと答えました。「自慢しすぎだろうが・・」とも。 彼のことばにあるようにその作品は人類の宝であると思います。


※ 作者のつぶやき

※ 好きな作曲家
 筆頭はやはりバッハですが、次にモーツァルト。ベートーベン・シューベルトやその他の作曲家もいい曲がいっぱいあり有名な曲・ 気に入った曲を広範囲に聴き、また収集しています。
モーツァルトやベートーベンはバッハの影響を大きく受けた作曲家といわれています。 またバッハなしでは存在し得なかったとまでいわれているこの二人の作曲家と、 シューベルトや他の作曲家についてのページも設けております。
・J.S.バッハ ・モーツァルト ・ベートーベン ・他の作曲家

※ 好きな楽器
 やはり楽器の王様はピアノではないでしょうか。 弦楽器や管楽器にはそれぞれ音色に特徴があり、優劣はつけがたい と思いますが、 最も好きな音色の楽器はと問われれば「オーボエ」 ということになります。何か憂いをおびた渋い音色がたまらなく いいです。一時「クラリネット」 を練習していたこともあり、 クラリネットに愛着もあります。

※ 好きな曲
 好きな曲はたくさんあるので全て網羅できませんが、作曲家ではバッハを頂点にモーツァルト、 ベートーベン、シューベルトetc.曲の形式では カノン等対位法形式や変奏曲形式のものに興味深い傾向があります。
クラシック以外のジャズ・ポピュラー・流行歌にもお気に入りの曲はいろいろあります。

作 曲 家 好 き な 曲 (主なもの)
J・S・バッハ @平均律クラヴィーア曲第1巻、第2巻 Aゴールドベルク変奏曲  B音楽の捧げ物 C無伴奏バイオリン・ソナタ&パルティータ D無伴奏チェロ組曲(全曲) Eパルティータ(全曲)  Fフランス組曲(全曲)Gイギリス組曲(全曲) Hブランデンブルク協奏曲第4.5番 I管弦楽組曲第2.3番  Jパッサカリア ハ短調 Kフーガの技法 
モーツァルト @交響曲第39,40番 Aピアノ協奏曲第20番ニ短調 Bバイオリン協奏曲第5番  Cクラリネット協奏曲イ長調 Dクラリネット五重奏曲イ長調 Eピアノ・ソナタ第8,11「トルコ行進曲付」,14,15番
ベートーベン @交響曲第3「英雄」,5「運命」,7,8,9番「合唱」 Aピアノ協奏曲第1,4,5番「皇帝」  Bバイオリン協奏曲 Cバイオリン・ソナタ第5番「スプリング」、第9番「クロイツェル」 Dチェロ・ソナタ第3番  Eピアノ・ソナタ第8番「悲愴」,第14番「月光」,第17番「テンペスト」,第21番「ワルトシュタイン」,第23番「熱情」
コレルリ @合奏協奏曲 ト短調 作品6-8 「クリスマス」
アルビノーニ @オーボエ協奏曲 ニ短調 作品9-2
ヴィヴァルディ> @協奏曲集 作品8「和声法とインヴェンションの試み」第1集「四季」
テレマン @「ターフェルムジーク」第2集 四重奏曲 ニ短調
ヘンデル @組曲「水上の音楽 」 Aバイオリン・ソナタ第2番 ト短調 作品1-10
ハイドン @トランペット協奏曲  A弦楽四重奏曲 第67番「ひばり」
シューベルト @ピアノ五重奏曲「ます」 Aアルペジョーネ・ソナタ  Bピアノ・ソナタ第13番 C即興曲集(全8曲) D軍隊行進曲 Eセレナード
メンデルスゾーン @交響曲第4番「イタリア」 Aバイオリン協奏曲 B弦楽四重奏曲第1番第2楽章「カンツォネッタ」  C無言歌集
ショパン @夜想曲全集 Aワルツ全集Bスケルツォ第2番 Cポロネーズ「英雄」Dバラード第1,2,3,4番  E即興曲第4番「幻想」 F練習曲「別れの曲」
シューマン @交響曲第4番A謝肉祭  B交響的練習曲 C子供の情景
フランク @バイオリン・ソナタイ長調
ブラームス @交響曲第1,2,3,4番  Aバイオリン協奏曲 Bクラリネット五重奏曲  Cハンガリー舞曲
サンサーンス @交響曲第3番「オルガン付」 A組曲「動物の謝肉祭」 B序奏とロンド・カプリチオーソ
ムソルグスキー @組曲「展覧会の絵」
チャイコフスキー @交響曲第4,5,6番「悲愴」 Aピアノ協奏曲第1番 Bヴァイオリン協奏曲  Cバレエ組曲「くるみ割り人形」 D弦楽セレナード E四季から6月「舟歌」
ドボルザーク @交響曲第8番 Aチェロ協奏曲 B弦楽四重奏曲第6番「アメリカ」 Cスラブ舞曲
グリーグ @ピアノ協奏曲 A 「ペールギュント」第1,2組曲 B叙情小曲集から「昔々」
マーラー @交響曲第1番「巨人」、第4番
ドビュッシー @前奏曲集第1巻第8曲「亜麻色の髪の乙女」 Aベルガマスク組曲第3曲「月の光」  B子供の領分
ラフマニノフ @ピアノ協奏曲第2番 Aパガニーニの主題による狂詩曲 Bボカリーズ
ショスタコーヴィチ @交響曲第5番


私のバッハ感

※ バッハの人間像
バッハはどんな人であったか
@大作曲家であった
 「音楽の父」と呼ばれ「バロック音楽」から「古典派」への橋渡しの役割を果たしたといわれている。 「対位法」の頂点を極め「形式美」を重んじた作風から生まれたその作品は「古典派」やそれ以降の作曲家の範ともされ大きな影響を与えました。
A得意な楽器は
 バッハはもともと優れた演奏家であった。 したがって迎えられた宮廷などから貰う報酬(年棒)は他の人よりはかなり高いレベルでした。 オルガンやチェンバロ等の鍵盤楽器はもとより、バイオリンやビオラ等の弦楽器の演奏にも秀でていた。 当時は即興演奏の腕前で音楽家のレベルを判断する傾向があったが、バッハはそういう場面は得意とするところで聴衆からも大きな喝采を浴びた。 また新しいオルガンが完成するとたびたび試奏に招かれた。またケーテン時代には新しく宮廷に導入するチェンバロの設計などもバッハにより行われた。
B性格は
 責任感が強いところから、自分の主張はあまり曲げないという一面があり今でいう頑固親父のイメージがある反面、 教育熱心で子供や妻のための鍵盤練習曲の作曲や指導、楽員の演奏技術向上のための音楽教育や作曲を熱心に行いました。
C音楽家としての有名度は
 当時のバッハは現在ほど世に認められていなかった。四つ年上のテレマンや同年のヘンデルよりも知名度は低く、 息子のカール・フィリップ・エマヌエルよりも有名ではなかった。バッハの音楽は当時としては難しくバッハの音楽を理解する、 あるいは理解する能力をもってる人が当時あまりいなかったことによるものではないかと考えられます。バッハの死後、 6年後に生まれたモーツァルトや20年後に生まれたベートーベンはもとより後の有名な作曲家のほとんどがバッハの音楽を範とするほど バッハの音楽は死後その価値が世に認められることとなった訳です。
D旅行好きであった
バッハが旅行好きであったかどうかは定かではありませんが、芸術家のほとんどがいろいろなところに旅行し文化に接し 見聞を広め芸術を吸収し自分の作品に反映している点は、バッハも同様です。アイゼナッハで生まれたバッハの居住地はオールドルフ、リューネブルク、 アルンシュタット、ミュールハウゼン、結婚後ワイマール、ケーテン、ライプツィヒとドイツの中・北部の都市を転々としている。 その間に「音楽の勉強のため」「任地をかわるための受験のため」「オルガンの試奏に招かれたため」等々各地に旅しているが、 当時の交通機関は今と違って馬車などによるもので盗賊の出没など危険な面があった。 作品の中に「イギリス組曲」「フランス組曲」「フランス風序曲」「イタリア協奏曲」など国の名前がついたものがあるのは、 バッハが他の国の作曲家や作曲様式に敏感で他国の様式をとりいれた作品に力をそそいだ顕われといえます。

※ バッハ音楽の宗教性
 バッハ音楽の宗教性について述べるには、それなりに突っ込んだ研究や 分析をしていないので、 バッハに関する書籍や作品を聴いた感じから作者の個人的見解として述べさせていただきます。
カンタータとオルガン曲等でバッハの作品の大半を占める訳でその内の多くが教会用に作られている。ということはバッハの作品の約半数は教会用に 作られたということで、当時としては教会と音楽の結びつきが深くバッハが生まれた環境においても音楽で生活をするには、教会音楽なくしては 成り立たない状況であったことから至極当然のことと思われます。しかしながらバッハの作品には教会用以外の作品も約半数あり、 これらの多くはケーテン時代に作曲されている。このケーテン時代は「バッハの生涯」のところで述べているようにバッハ自身が 人生最良の時代であったとふりかえっている。その理由としてケーテンの領主レオポルト公はバッハより10才程年下の若き音楽のよき理解者で、 バッハの才能を尊敬し彼を友人として扱った。しかもケーテンの宮廷は、教会音楽を重んじないカルヴァン派 (改革派)に属していた。そして バッハはそれを承知で自分からすすんでケーテンにやってきた。このような状況の基、ケーテンの宮廷楽長という任についたバッハは 自身の才能を遺憾なく発揮できる極めてよりよい環境にあった。作曲意欲も旺盛で10数名居た宮廷楽員の演奏のため、あるいは器楽演奏の 技術向上のため教育用を目的とした作品を数多く作曲している。この時期教会音楽はほとんど作曲していない。バッハは環境に応じた音楽活動を していたことがうかがえるが、やはりバッハ音楽の真髄は人生30才台の一番充実した時期に純粋音楽の作曲に力を注いだところにあるのでは ないかと思っているところです。
このケーテン時代がわずか7年間しかなかった訳で、もっと続いていればまだまだいい作品を残したのではないかと想像するとたいへん残念な 感じがするのは作者の欲張りすぎた思いでしょうか。


※ 「世俗」という表現は
 バッハの音楽を分類するときなどに「世俗曲」とか「世俗カンタータ」とか「世俗」と表現しているのをよく見かけますが、 これは全くの誤りです。バッハが教会用に作曲したカンタータを「教会カンタータ」呼ぶのは勝手かもしれませんが、それ以外のカンタータを 「世俗カンタータ」と呼ぶのはバッハ様には大変迷惑なことではないでしょうか。バッハが作曲したカンタータの中に教会用のカンタータがあるのであって バッハ自身が世俗と表現してもいないのに後の者が勝手に付け加えるべきではないと考えます。バッハが作曲した音楽はすべて音楽であって、 モーツァルトやベートーベンや他のすべての作曲家の音楽に「世俗」などと付け加えていないのと同じに考えるべきです。


その他

※ チェンバロとピアノについて
 いずれも鍵盤楽器という大きな共通点がありますが、その構造はかなり違っています。 チェンバロは鍵盤キーを叩くことによって弦を爪のようなもので(ギターの様に) 引っ掛けて音を出しているで音の強弱は不可能ですが、ピアノは鍵盤キーを叩くこと によって弦を叩く構造で音の強弱が可能になりました。現在のピアノができるまでには鍵盤楽器の永い研究・改良の歴史があります。(チェンバロ⇒クラヴィコード⇒ フォルテ・ピアノ⇒ピアノ)
バッハの鍵盤曲をチェンバロで演奏したり、ピアノで演奏したりしていますが、個人的にはピアノのほうが好きです。 バッハの時代にはまだピアノという楽器はなかった訳ですが、完成された楽器による演奏のほうが音楽の幅も広がりもいいものです。 バッハ自身も自分の作品が今のピアノのような完成された楽器で演奏されるのをたいへん喜んで草葉の陰から拍手を送っているのでは?  と想像しています。
最近モーツァルト、ベートーベン、シューベルト等の曲を古楽器のブームにのり「フォルテ・ピアノ」で演奏したものを聴くことが ありますがやはり音が貧弱に聴こえます。古楽器派か、現代楽器派かと 問われれば現代楽器派ということになります。


※ 「BWV」とは
  バッハ作品番号のことをドイツ語の頭文字をとって「BWV」と呼んでいます。 (バッハ研究家ウォルフガング・シュミーダーにより編集された) バッハの作品は作曲年代が不明のものがたいへん多い。従って他の作曲家のように作曲年代順に番号をふることは困難と判断し、 バッハの全作品をジャンル別に整理し番号を付与したところが特徴となっている。
@ カンタータ等 (BWV 1-524) A オルガン曲等 (BWV 525-771)  B クラヴィーア曲等 (BWV 772-994) C リュート曲 (BWV 995-1000) D 室内楽曲 (BWV 1001-1040) E 管弦楽曲・協奏曲 (BWV 1040-1071)  F 特殊作品 (BWV 1072-1087)
このシュミーダーにより編集された「BWV」には偽作も含まれており、さらにその後に発見されたバッハの真作もあり、個人的には偽作を除き新たな真作を加えた 新BWVが編集されればと願っています。


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