バッハ家の家族(ライプツィヒ時代?)

バッハに何人の子供があったかというと、最初の結婚によって7人、2度目の結婚によって13人の子供が生まれた。しかしその半数は生まれて間もなく、 1人は20代で亡くなった。結局5人の息子と4人の娘が長生きし、息子たちの中でも次男の カール・フィリップ・エマヌエル と、末男 ヨハン・クリスティアン は、特に作曲家として大成し、彼らの名声は父親をしのぐほどになった。ちなみにバッハが死んだ頃、「大バッハ」と呼ばれたのは父親ではなく息子の エマヌエルであった。

バッハの家族
父 ヨハン・アンブロージウス 1645-1695 ヴァイオリンニストで、アイゼナッハの町楽師。
母 エリーザベト   8人の子(6人の息子と2人の娘)を得る バッハは8番目の子(末っ子6男)
最初の妻 マリア・バルバラ 1684-1720 バッハが23歳の時結婚。1歳年上。バッハが34歳の時亡くなる。7人の子供が生まれ、3人は生まれてまもなく死亡。4人(女1・男3)は成人するが、3男は24歳で死亡。長男、次男の2人は優れた音楽家に成長する。
〃子 カタリーナ・ドローテア 1708-1774 (女)
〃子 ヴィルヘルム・フリーデマン 1710-1784 (男) オルガン奏者。セバスティアンとマリア・バルバラの間に生れた長男でバッハは大きな期待をかけ、熱心に教育を施した。<ハレ>
〃子 ヨハン・クリストフ 1713 (男) 生まれて死亡(双生児)
〃子 マリーア・ゾフィー 1713 (女)    〃
〃子 カール・フィリップ・エマヌエル 1714-1788 (男) 宮廷つきチェンバロ奏者、楽長。マリア・バルバラの間に生れた。フリードリヒ大王のクラヴィーア奏者として約30年大王のもとに仕える。後に彼の代父でもあったテレマンの後任としてハンブルグの楽長及び同市の5大教会の音楽監督に就任し同市で21年間活躍した。<ベルリン・ハンブルク>
〃子 ヨハン・ゴットフリート・ベルンハルト 1715-1739 (男) ミュールハウゼンのオルガン奏者
〃子 レオポルト・アウグスト 1718-1719 (男) 幼くして死亡
2度目の妻 アンナ・マグダレーナ 1701-1760 ケーテン宮廷ソプラノ歌手。バッハ36歳で再婚。13人の子供が生まれるが、生まれてまもなく又は幼くして7人が死亡。6人(女3・男3)は成人し、特に末男は優れた音楽家に成長する。
〃子 クリスティアーネ・ゾフィー・ヘンリエッテ 1723-1726 (女) 幼くして死亡
〃子 ゴットフリート・ハインリッヒ 1724-1763 (男)
〃子 クリスティアン・ゴットリーブ 1725-1728 (男) 幼くして死亡
〃子 エリーザベト・ユリアーネ・フリーデリカ 1726-1781 (女) バッハの弟子、アルトニコルと結婚
〃子 エルネストゥス・アンドレーアス 1727 (男) 生まれて死亡
〃子 レギーネ・ヨハンナ 1728-1733 (女) 幼くして死亡
〃子 Ch・ベネディクタ 1729-1730 (女) 幼くして死亡
〃子 Ch・ドローテア 1731-1732 (女) 幼くして死亡
〃子 ヨハン・クリストフ・フリードリヒ 1732-1795 (男) 宮廷つき音楽家、ビュッケブルク
〃子 ヨハン・アウグスト・アーブラハム 1733-1734 (男) 幼くして死亡
〃子 ヨハン・クリスティアン 1735-1782 (男) 教師、作曲家。アンナ・マグダレーナとの間に生れバッハ一族では唯一の、国際的音楽家として活躍し、「ミラノのバッハ」あるいは「ロンドンのバッハ」と呼ばれている。<ロンドン>
〃子 ヨハンナ・カロリーネ 1737-1781 (女)
〃子 レギーナ・スザンナ 1742-1809 (女)